巨木を訪ねるライド(第22回)〜須賀神社跡の楠〜 [巨木を訪ねるライド]
8月16日
連休最終日を飾るのはやはり巨木ライドであるべきだろう。
特に目的地が無いから今回も適当な巨木を選んだというわけでは全くない。
関西医大裏ベンチ7時45分集合。
今回はkurubiさんパシャさんと3人で向かいます。
パシャさんは出勤前に一番乗りで駆けつけました。大変お利口さんです。
さ。今回の巨木は大阪市内にあるのでパシャさんはちょうどお家に帰る方向になります。ちゃんと考えてるやろー?
まずは淀川CRを南下します。
先日パンクした際、タイヤは寿命を迎えてたので前日新しいタイヤ買って、取り敢えずパンクした後輪だけ交換しました。
すると何ということでしょう!
これまでと同じ種類のタイヤなのに転がりが軽い!
何だよ最近走れないなあ!と思ってたけどタイヤの仕業だったんだ!
…と思ってニタニタして走ってたが、途中で原因は追い風だったことが分かりました汗
緩い追い風って気付きにくいよね…チッ
毛馬こうもんを越えて長柄橋を渡り北上します。
そうすると今回の目的地です。
小さな公園ですが、元々公園だったわけではありません。
大きな石碑が建っていました。
須賀神社跡です。
須賀神社は京の刀工、来(らい)一族が南北朝の混乱をさけて当地に来住、付近の開発に努力を重ね、そのときの鎮守として創建したという。
明治43年、中島惣社に合祀されたんだそうな。
しかしその後もこうして須賀森公園として市民の憩いの場となっている。
さ。そして今回の巨木はこの須賀神社跡(須賀森公園)にあります。
ドーーーーン!!!とパシャさんが立ちすくむ目の前に巨木はありました。
須賀神社跡の楠です。
由来がありました。
建武の頃、後醍醐天皇に逆らった足利尊氏は天皇を授ける河内国の豪族楠正成と千早赤阪城で戦った。
其の後、正成は兵庫の湊川で戦死。
正成の子、正行が兵六千騎を率いて足利尊氏軍三万余騎を四条畷において戦ったが殆どが戦死。
戦死した一族の兵を忍んで祈念の楠の苗木が成長したとあります。
樹齢は約600年。
幹回り5m。樹高30m。
これまでご紹介した中でも小楠公(楠正行)墓地の楠や、石清水八幡宮にある楠正成必勝祈願奉納の大楠など、南北朝時代、楠正成、正行に由来する楠があり、この楠もそうらしい。
こうして巨木を巡っているとこういう繋がりを知るのもまた面白いものです。
この楠もそれは見事な巨木でしたよ。
場所はJR東淀川駅から徒歩圏内にございますよ。
てなわけでリスタートして次の目的地に向かいます。
須賀神社跡から程近いはずですが住宅地の中にそれはあり、少々分かりにくい。
目の前にあったガソリンスタンドのオッサンに聞くと『もう跡形もないよ!』とのこと。
『えーー!?そうなの?以前あった場所はどこですか?』
『そこの信号を右に行ってスグ。』と左を指差してるので『右!?』と聞き直すと『あ。ごめん。左。』とのこと。
前調べで多分左方向であろうと分かっていましたが一応聞かないと間違えたら困るので。嫌な性格・・汗
間違いなく左に曲がってスグに跡形もないといってたところに現存してました。
これです。
何か分かりますか?
西淡路高射砲台跡。
1944年(昭和19年)に建てられた戦争遺構です。
コンクリート製の砲台に八八式7.5cm野戦高射砲6問及び指揮所を備えていました。
1992年に東側2基が取り壊され現在はマンションが建っています。
西端の1基は周辺に建物を増築し工場として利用されている。
2012年に西側2基が撤去され、この1基は住宅として転用されています。
つまり6基あった砲台で現在見ることを出来るのはこの1基のみ。
大阪市内で見れる唯一現存する高射砲陣地跡です。
文化財保護の観点から地元住民や市教育委員会などから保存が求められているようですが、すぐ傍まで新たな道が迫っていて、いつまで残されるのかは分かりません。
当時も街中であったであろう、こんな場所に高射砲台があったと思うとゾッとするけど、あの戦争では大阪も空襲に遭った。
当時のことを思うも想像を絶する世界だったのだろう。
ただただ平和な世の中であることを祈る。
てなわけで帰ります。
パシャさんはお仕事へ。ご苦労さんやな。
Kurubiさんは海のほうまで足を伸ばすとのことで各自解散となりました。
僕は神埼川沿いで真っ直ぐ帰路へ。もう暑い。
淀川まで来たら鳥飼大橋を渡ってCRは暑くてこれ以上走れん・・汗
街中を休憩しながら少々道間違えながら・・汗
帰宅は11時。
ここの温度計ホントに上手く写らないので35℃でした。暑い。
須賀神社跡の楠にて。
<今日の記録>
走行距離 : 51.5キロ
累計走行距離 : 29589キロ
2016-08-20 11:09
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コメント(8)
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巨木繋がりで高射砲台跡地が
見られるのも良いですね。
この残りの1基の砲台は
平和な現代に是非残して欲いと思います。
35℃の暑さの中 お疲れ様でした〜^^
by Kiki (2016-08-20 14:20)
須賀神社跡の楠、すごいです。
楠木正成、南北朝の武将と関係ある
由緒正しい巨木なんですね。
by toshi (2016-08-20 14:28)
楠木正成公に由来するモノは、明治以降は大事にされているんでしょうね。
戦争遺構は遺していきたいと思いつつも、そのように街中にあるのは、違和感が半端無いです。
by tsun (2016-08-20 16:30)
巨木には魅かれますよねぇ。
僕は今回の鉄旅で、新潟県弥彦神社近くの
「大欅」を見てきました。樹齢千年の見事な欅でした。
by johncomeback (2016-08-20 16:44)
Kikiさんどうもです。
今回の場所は大阪のそれこそ市街地にあるんですが中々良い勉強になりました。
高射砲台跡を眺めつついつまでも平和であり続けて欲しいと願うばかりです。
by hide-life (2016-08-28 10:01)
toshiさんどうもです。
こうして楠の巨木を巡ってると大楠公小楠公に纏わるものが凄く多いのが分かってきました。
南北朝時代当時から大切にされてるのだと思います。
by hide-life (2016-08-28 10:04)
tsun さんどうもです。
楠木正成に由来するものは特に大阪は地元とあってか多いのだと思います。
高射砲台ですが一見モダンな古い住宅のようで、言われないと分からないと思います。
でも、当時も今もこのような街中にあるのは違和感ありますね。
by hide-life (2016-08-28 10:06)
johncomebackさんどうもうです。
樹齢千年の大欅ですか。
僕も出張先なんかで是非地方の巨木も見たいと思ってます。出張中は中々時間が取れないんですけどね。。
by hide-life (2016-08-28 10:08)